07/01/*12 日本刀が家にやって来る (都庁へ編)

水曜日まで山に居たんだから今週は行かないわよ。
とカミさんは予防線を張っている。そうだね、山ばかり行ってないで仕事もしなければ山にも行けなくなってしまう....しっかりやるんだ。


父親の遺した日本刀をもって警察に届け出たので後日、警察署から 「刀剣類発見届出済証」 なるものが届いた。それを持って、今度は都の(住民票がある地区の)教育委員会がやってる現物確認審査なる審査会にイケと。

その前に、ちょっと説明を。
現在の日本では基本的には銃砲、刀剣は所持できない事になっている、いくつかの例外をのぞいて。その例外のひとつに「価値のある美術品か骨董品の刀剣と火縄銃などは所轄の教育委員会 (なぜ教育委員なの) で登録すれば可能」というのがあって、今回のように突然シロートが日本刀をもらっても所持する事ができる。こんな精神がイカれ気味の人でも持てるのか?答えはイエス。


銃などの所持許可は所持しようとする人間側に許可を出す免許制だけど、刀の登録行為は誰が持つのかは関係なし。刀(対物)を登録するだけで所持許可(対人)ではない。美術品的価値のあるものだけ、登録してその他の刀などは没収したい(お上による刀狩りは現代においても続いている)から。

でも疑問は残りまくりだ。
なぜ、所持許可ではないのか?
なぜ、教育委員会が管轄なのか?
(最初の警察署でも、訪ねる先は生活安全課)
刀と所持してる人の関係を証明するものが無いけど登録証と刀ごと盗まれたら自分の刀と証明する事が出来ないけど、それって......?以上、説明と疑問。

さて、言われるままに指定された日に都庁へ行った。
小脇には刃渡り60cm以上ある日本刀をかかえたまま都庁第二庁舎の正面玄関よりガードマンの目線を意識しながら行く先の案内板を捜す。どうしよう、警備の人に脇にかかえてるのは?なんて聞かれたら...人前で見せるにはソートーに具合が悪いもんだし.......案内の人に10階ですと聞き無事エレベーターへ向かう。エレベーターホールには7、8人が待っている。扉が開き皆が乗り込む最後に乗るけど刀が邪魔でくるっと向きを変えれないぎこちないエレベーターの乗り方だ。10階に到着して背中の扉が開く、そのまま後ずさりでエレベーターを降りる。教えられた第四会議室の扉を開けるとそこには、既に20人以上の人たちが、刀の現物を前に審査官っぽい人と一人づつ順番に机を挟んで対峙して審査を受けている。自分の番号を呼ばれるまで後方に並べられた椅子に座って審査を受けてる人を見ないフリをしながらも心配そうにしている。目の前に座っていた、ご婦人同伴のヤクザ風なお兄さんが呼び出しに応えて審査官の前へ。差し出した古風な刀袋から刀が現れて審査官の手へ軽いやり取りの後、いざ刀を抜く段になっても、抜けない、審査官も最初はナメテいたんだろうけどどうにもこうにも抜けないお兄さんの刀。鍔のところへあて木をして、木ずちで叩き始めた...心配そうなお兄さんと連れの女。"親父の形見でねぇ、抜いた事がないんだよなぁ"ととぎれとぎれに聞こえて来るはなし。ここまでで、会場中の人の目線は釘付け。

そして当然、笑っちゃあいけない場面だから笑えて来る。しかしお兄さん風体のプライドも守ってあげたい。そんな精神の葛藤が場面ウラではあり、とうとう2人がかりでやっと引き抜けた......。黒く錆びた刀だったものが出て来た。"こりゃあ、軍刀だねぇ"美術価値がないと処分してもらう事になる云々と親父の形見だぜぃと抗う お兄さん。お兄さんが時々、ジロっと会場を見渡すと皆それとなく視線を泳がす。

お兄さんも帰り、気がつくと自分の番。
処分の対象ではなかったが室町時代のものにその当時に更に百年程前の名工の名前が彫り込まれた怪しい刀と判明。道理で売りにも出されなかった訳だ。

さてと、晴れて刀に登録書が付いたから親父がコレを買った浅草の骨董屋へ研ぎに出すとしよう。

(次回は骨董屋へ編)

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